布施真人 プロフィール

Noosphere Design Co.代表取締役 /長崎県大村市タウンマネージャー

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おしゃべり放送局

おしゃべり放送局 (橘川幸夫さん企画)
有線放送の1チャンネルを使って、自由放送局みたいなことをやっていた。
小川町の路地裏の怪しい倉庫の2階。手作りのスタジオで、とにかく表現したい連中が集まっては、マイクに向かって喋っていた。
ファミコンオタク、レゲエ好きのお兄ちゃん、詩の朗読、声優さんのラジオドラマ、グラビアアイドルのDJ、アコースティックライブセッション、SM小説を女の子に読ませて、それを脇で冷やかすなんて番組もあった。
この時に、個々人の表現が次の世界を動かすなあ〜と感じた。
たぶんあれは、1995年ぐらい。日本はインターネットが生まれたばかりの時期で、デジタルに可能性を感じていた、アクの強い連中がわらわら集まっていた場所であった。後にネットベンチャーを起こす起業家やハッカーに近い連中もいて、この時に僕もインターネットを教えてもらい、「こりゃ、何か起こせるな!」とハマり込んでいったのでした・・・。

幕張メディアサーフィン

1997年、幕張新都心。「幕張メディアサーフィン」
僕のミッションは、この街を活性化し、コアとなるようなコミュニティを作ること。
同時に始まりつつあったインターネットを使って、この街の情報化をやってみること、であった。
始めるにあたり、仮説として僕が思っていたのは、「インターネットは地域社会で、より人が仲良くなるための、顔が見えるようになるための道具」になりうる、ということであった。
当時の日本のインターネットは、始まったばかり。専用線128kが千葉で初めて引かれた施設であった。PCを50台ほど並べ、パソコン教室とインターネットカフェ、コミュニティ施設を併せ持った空間と、「makuhari.or.jp」という地域ポータルサイトを作って始めた。
結果としては、シニアの大コミュニティが誕生し、千葉県のIT普及の中心地として、盛り上がった。全国の自治体やIT分野進出検討中の大手企業の視察が相次ぎ、この関係で千葉県の情報化推進委員をやったりもした。

人をつなげるための道具(特に地域コミュニティ!)としてのインターネット活用、という僕の確信は、この時得たもの。

企画:メディアエンジニアリング桂木行人さん デジタルメディア研究所亀田さん

 

Café Dining noosphere

オーナー30人ほどが集まって作ったカフェ、「café dining noosphere」。

お店の作りは、各テーブルにシーンが埋め込んであって、天気や時間によって選ばれた音楽、オーガニックで完成度の高い料理、若いけど気持ちの良いスタッフがたくさんいて、スペシャルな店だった。

お店にも、食材にも、スタッフやオーナー連中にも、そしてお客様にも、ストーリーがいっぱいだった。
いつもミラクルな出会いがおこり、新しい仲間達が増え、新たなエネルギーが生まれた場所であった。
贅沢なライブやトークショウ、テーブルイベント、なんてのもたくさんやった。
オーナーとして、ワイナリーを訪ねてケープタウンやロアールに行ったりもした。
オリジナルのコーヒー豆は、ブラジルの下坂さんが作った豆を、高田さんが西伊豆で焙煎していた。開店前、布施は高田さんとイタリアを旅して、毎日エスプレッソを飲み歩き、ヌースのエスプレッソの味を作ったりもした。

また、こういう店はやりたいな。

空間設計は吉本さん http://www.yoshimoto-design.co.jp/

次世代社会モデル研究会とロハス会

カフェヌースフィアでやっていたテーブルイベントの一つが、「次世代社会モデル研究会」と「ロハス会」。

「次世代社会モデル研究会」は、名前は堅いが、テーマが次世代社会を考えるという、月一回の飲み会。でも、このネーミングからか非常に面白い連中が集まっていた。また、ここから数々のプロジェクトが生まれた。

「ロハス会」は、文字通り「ロハス」をテーマにしているのだけど、流行語のロハスを本当のライフスタイルにするにはどうしたらいいんだろう?その実践をいろんな人を招いて、お話を聞きながらオーガニックな美味しい料理を食べて語りましょう〜なんて贅沢なイベントであった。ココに集まっていた連中は、その後公私共に本物のロハスを考え実践している。また、ここでも多くのプロジェクトが生まれ、今もその繋がりは新しいものを生み出す力になっている。

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